希望と同時に生じる苦しみ

何かを希望すると、
その瞬間に生じる苦しみ。

・それをできていない今の私は幸福ではない(不幸の創造)

・それを早くやらなくては時間がなくなってしまう(焦燥)

・このままでは希望と違う明日が来てしまう(現実の否定)

・叶えるために、外の世界に働きかけなくては(内面の忘失)

・希望が叶えられない限り、この苦しみは消せないと感じる(顛倒)

その苦しみに気づいて、観察する。

これらの苦しみは、その希望が生じる前には存在してなかった。

その希望が生じるに至ったのは、この世界からの刺激と、
私の根底にある不満、退屈や孤独、
すなわち、生きることそのものの苦の感覚との相互作用。

その、底の方にある苦しみは、今も感じている。

でも、それ以上に広げなければ、それまでのもの。

あとは、目の前の世界からの要求に、直感的に応えていよう。

庭の草花に水をやることかもしれない。

裏庭の雑草を取ることかもしれない。

芝生の種を蒔くことかもしれない。

僕にとっては。

それを、ただ夢中にしている時、僕は苦しみのあったことを忘れている。

不足を感じていない。

幸せとは、不足を感じていないということ。

そう気づいていて、その中に安らいでいる。

しかし、

希望を持つことは悪とも思ってはいない。

この世界は、そうやって経験するようにできている。

不足を作り出し、外側を変えようと働きかけ、

そうすることで、この世界を体験する。

やがて、落胆に次ぐ落胆の末、

不足は、自らが作り出さなければ存在せず、

希望も、それを語るための言葉も不要なのだと知る。

そして、ただ、

今に休らう。


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