胎内で再現される「38億年」。

解剖学者の故・三木成夫さんの著書「内臓とこころ」によれば、胎児は受胎から32日目にエラのある魚類となり、4日後の36日目には地上で生きる爬虫類へ。そして38日目に哺乳類へと形を変えます。新たに生まれるすべての生命の、その一つ一つが、自分が生まれるに至った経緯(進化の過程)を、母の胎内で毎回繰り返し演じ続けているのだとか。そして母体では、この受胎32日目の大変動の時から、つわりが始まります。胎児が「生命の進化」を演じるなら、茫洋と彼方に視線を泳がす母親は、その身体の内に、大地にうごめく巨大なエネルギーが、生命として湧き出るに至った、壮大な因果を再現しているのかもしれません。

受胎から十月十日、出産を迎えます。生まれたばかりの人間の赤ん坊は、他の動物に比べると、とても無力です。歩くまでに一年もかかり、養育者の手助けなしには何もできず、その後も、どろをこねたり、戯れあったりしながら長い幼年期を過ごします。この長期にわたる子ども時代が、人間が生涯にわたり、学習や創造をするのに必要な脳の神経回路を築きます。他の動物の子どもが生存に有利な「身体的条件(草食動物の赤ちゃんは、生後1〜2時間で歩くようになる等。)」を備えているなら、それに対して、人間の赤ちゃんが持つのは、「脳に託された膨大なる可能性」と「それ故の無力さ」です。

このような先人たちによる幾つかの着想は、私たちに「人間が生きる意味」を教えてくれます。それは、進化の過程を胎内で何度も何度も繰り返し、ようやく辿り着いた「まっさらな可能性」として、生命の最も良き形、より良き進化を、自分自身の人生を通して開花させること。それこそが、人間の使命・役割ではないのかと。

私たちは、幸福を追求します。それは、ここまで連綿と続いた、進化の原動力です。すべての種は、より幸福な生存のために、与えられた環境に適応し、姿を変え続けてきました。それは、現代の文明社会を生み出すに至った人間の歴史でも、全く同じです。今、科学技術は高度に発達し、それ故複雑さも増しています。それでも私たちは迷うことなく、次の時代を作り続けなくてはいけません。そして同時に、今この瞬間を幸福に生きるのです。

戦後75年。戦争で亡くなった無数の英霊たちを想う時、残酷で壮絶な戦地で、彼らが人生と生命を捧げた相手とは、国などというただの言葉ではなく、彼らに続く生命、すなわち、今この文章を綴る私、今これを読むあなた、今この瞬間を生きる私たちなのだと思い出します。彼らは願ったはずです。「せめて、子どもたちには平和で幸福な未来を生きてほしい」と。今日、私たちがあるのは、彼らが願い、行動したからです。

私たちには、仕事があります。それは、可能性を開花し、全生命と人類が築き上げた「今」を受け取り、さらに良いものにして、未来に手渡すことです。


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